ノーベル賞

山中さんの話題がインチキ詐欺師で消された感がありますが。。。。
完全にセルカン事件と構図が同じですね。東大しっかりせいや。。。。。


日本では「1度失敗したらもうダメ」なのか 山中教授「若い間にいっぱい失敗して」に喧々諤々
なんだか、『日本では』失敗すると取り返しがつかないらしいです。ホンマかいな。私は設計で大失敗かましたことあるし、周りもみんなそうだなぁ。修羅場を潜り抜けることで、歴戦の戦士になっているような気がします。
そもそも、若人の失敗はおっさんからしたらたいしたことがないです。そもそも、若人には大した仕事任せませんし。前の会社でも、若手が悲壮な顔で土日に何かやっているかと思えば、高々数千平米の建物の設計でしたし。この程度は、周りがよってたかって腕まくりしてやれば1日で終わる話です。そこで若人がいろいろと学べば、その先同じような失敗をすることはないでしょう。
むしろ、おっさんになるまで順風満帆の奴が危ない。失敗の仕方を知らないので、どうしようもない大チョンボで自爆したりして周りに多大な迷惑をかけます。『なんとかなる失敗』と『どうにもならない失敗』のライン引きは、個人差がありますし紙一重なので、そこは修羅場経験でラインを引くというのがおっさんの哲学です。個人的には、『作ってなければなんとかなる!』を信条にしています。『もう作っちゃったけどNGです!』は心臓に悪いのでなるべく避けたいですね。
むしろ、勝手に『失敗は許されない!!』と思い込んでいる若い人が危険ですね。今は大丈夫でも、年食ったあとに困るでしょ。世の中にはどれだけがんばっても失敗前提のプロジェクトもありますし。上手に負け戦の殿でジタバタできるというのも、悪い大人のプライドというものです。そもそも論として、成功が存在しないという特異な場合もあるわけで。個人の力の300%を出してもひっくり返せない状況というものも世の中にはあるのです。
大体、心臓に槍が刺さった程度で死んでいるようでは駄目でしょう。ただの致命傷なので、案ずることなく前進すべきです。倒れなければ勝ちなので。

と、私が仕事初めて最初にやったRC14階建の超クソ物件が手痛い教訓を与えてくれてます。言葉に尽くせないほどのクソ物件だったのですが、いろいろと勉強になりました。当時は、社内の担当者と適合性判定員を絞め殺してやろうと思いましたが、あれもひとつの経験ということで。
しかし、失敗体験というのは鮮明に覚えているものです。前職で印象に残ったプロジェクトを3つあげると、どれもこれも超弩級のクソ物件ですね。今でも応力とかの数字がすっと出てきますわ。さらっと終わった新築工事なんて、霞んでしまいます。何も記憶に残ってません。


ノーベル賞関連で、やはり個人の人となりが中心で報道されます。個人としての才能も大したものなのですが、偉大な研究は決して個人の力のみで達成できるものではなく、優秀な助手や議論相手、はたまた学会での無数の議論がベースにあります。個人にのみスポットを当てる報道こそ、無意味なもののような気がしてなりません。こういった報道こそが『科学的ではない』と批判されるべきなのですが、そういう意見は皆無ですね。

宇宙創成〈上〉 (新潮文庫)

宇宙創成〈上〉 (新潮文庫)


アインシュタインを『偉大な天才的ヒーロー』として位置づけずに、さまざまな人にスポットを当てつつ書かれたノンフィクションです。こういったスタンスで書かれた書物は非常に少ないので、私としては大変興味深く読めました。
相対性理論にしても、アインシュタイン単品でまとめたものではなく、測定に生涯をささげた人や、数学的基礎理論を彼に示唆した人まで、大量の人間がかかわって成し遂げたことです。一応、工学分野で飯を食っている人間としては、そういったことを忘れないようにしたいものです。
いまだに続く偉人伝のようなくだらない報道がメインである限り、科学立国なんてお笑いです。


共同受賞した外人のおじいさんって、絵に描いたみたいなマッドサイエンティストだよねw見た目が。デロリアン作っててもまったく違和感ないわw