そんなにも命は尊いのか?

女子高生が鶏を育てて解体して食べる 「命の授業」は残酷か?
残酷かどうかはともかく、私はこういった情緒は嫌いです。家畜なので育ててつぶして食べる。それだけの産業が世の中に存在し、その産業の恩恵を被ることで肉を食べることができるのです。
はっきり言って、こんな授業はまったく無意味な情緒的モラリストを育てるだけで何の意味もありません。コメント欄で賛同のコメントが並んでいるのを見てぞっとしました。完全に大人のエゴですね。
私はこの番組を見ていないのですが、記事の中にどこにも生徒に対して『美味しかった?』と聞くようなニュアンスがないのです。つぶして食べて、結果美味しかったのかまずかったのかは重要です。こいつらは、飢えたことはないんだろうなぁと思います。
で、私はボーイスカウトの時に解体して食べたことあります。例年の隊の行事で、必ずやることになっているみたいでした。この記事みたいなお題目は皆目なく、唐突に隊長が『今日の晩飯!』みたいなノリで鶏連れてきたのを覚えています。こっちは、こいつを解体して調理しない限り食事にありつけないわけですから、ある意味真剣に取り組みましたよ。ちゃんとナタで首落として、血抜きして、毛を毟って、解体して肉にして焼肉風に調理した感想。『申し訳ない!いただきます!美味い!』
いささか説明不足ではありますが、このボーイスカウトでの経験の方が、わけのわからん情緒的な授業とやらよりもよほど価値があったと思います。こんな授業に振り回される生徒は何もわかっていないので、気の毒だと思います。企画した先生とそれに賛同した保護者はあまりのゆとり教育っぷりに信じられない思いです。
ついでに、食育と称して幼稚園でこの手の教育を押し付ける大馬鹿ものもいるみたいですね。トラウマになって肉食えなくなります。幼少期のトラウマが大きいのは、個人的に分かりますので。(私は幼稚園で有機栽培をしていた枝豆を食べたときに、中が幼虫だらけだったのを見て以降、枝豆がほとんど食べられません><)
ついでにもう一つ気に入らないのが、名前を付けて育てさせることです。この教師は頭がおかしいのかね?ともに暮らした家畜を食べるというのは、非常な苦痛です。例えば、特殊部隊の訓練を子犬と一緒に受けさせて、最終試験がこの子犬を殺して食べることで、精神的な支柱をへし折って強力な戦士を育てるということならば、まだ理解できます。この平和な日本で、そこまでの精神的苦痛を伴わなければ命の大切さを学べないのでしょうか?世の中には、動物をつぶすことをしなくても、命の尊さを理解している人はごまんといます。馬鹿げています。こんなものは、批評するにも値しないきわめてばかげた行為です。
とかなんとか言うと、『お前は家族がいないからだ』とか『こどもがいないからだ』とか言われそうですが、命の重さ何て状況次第で変わるものだと思います。

となると、荒川弘さんの『銀の匙』における豚丼のエピソードは非常に秀逸でした。八軒は、家畜に名前を付けることを止められながらも、最終的には自分で育てた豚を豚丼にして食べています。これは、彼がこの世界に踏み入れるために必要とした、彼自身の儀式であり、彼の判断によるものです。で、やっぱり豚丼は申し訳ないが美味かったとw

銀の匙 Silver Spoon 4 (少年サンデーコミックス)

銀の匙 Silver Spoon 4 (少年サンデーコミックス)


百姓貴族 (2) (ウィングス・コミックス)

百姓貴族 (2) (ウィングス・コミックス)


こんな授業よりも、百姓貴族100回読め。

さっきから、『屠殺』を変換しようとしてできませんでした。差別用語なの?土方も変換できなかったりするんですが・・・・。こういうつまらん細工をする暇があるなら、屠殺の歴史でも教えなさいよ。

鶏の解体をして、初心者がハマリがちなこと。あいつらは、首を落としたら首なしで全力疾走します。マジで。とかいうと信じてもらえないのですけど……。
首なし鶏マイク
収録の時は、首なしで全力疾走せんかったんかね?

特に男の子の皆さん、子供のころはバッタとカマキリを対決させたり、トカゲのしっぽを切って再生するか実験したり、ザリガニを捕まえては近所の猫に惨殺されたり、ムカデを細切れにしたり、マムシを撲殺とかしちゃったりしますよね・・・・。田舎限定のイベントのような気もしますがw
あれら昆虫類の虐殺の方が、よほど残酷だったわw今思うと。すまんかった。

こういう授業のなれの果ては、クジラとお話できます!とか、いるかとテレパシーなんだろうなぁ。皆さん憧れの欧米化がちゃんとできていますね!